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人的資本経営元年と言われて2年、中小企業の研修は変わったか

更新日:6月8日


はじめに


「人的資本経営」という言葉が、ここ数年で一気に広まりました。経済産業省が2020年に「人材版伊藤レポート」を公表し、2023年3月期からは上場企業約4,000社を対象に有価証券報告書への人的資本情報の開示が義務化されました。業界メディアはこの2023年を「人的資本経営元年」と呼び、人材育成への投資が本格的にスタートしたと報じました。

それから2年以上が経ちます。では、中小企業の研修現場は変わったのでしょうか。

結論から言えば、ほとんど変わっていません。言葉だけが先行し、現場は置き去りになっています。


※:「人的資本経営元年」という表現について

本記事では2023年を「人的資本経営元年」と表現しています。これは、2023年3月期決算から有価証券報告書における人的資本情報の開示が義務化されたことを契機に、日本の人事・経営メディアが広く用いるようになった表現です。制度的な根拠は「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正(2023年1月)にあり、経済産業省の人的資本経営推進ページおよび内閣官房・金融庁・経済産業省による「人的資本可視化指針」(2022年公表)がその背景となっています。



「義務化」が変えたもの、変えられなかったもの


有価証券報告書への人的資本情報開示が義務化されたことで、変わったことがあります。大企業を中心に、人材育成方針・従業員エンゲージメント・研修投資額といった情報が可視化されるようになりました。投資家の目線が人材に向き、経営会議で「人的資本」が議題に上がる頻度が増えました。

しかし、変わらなかったことがあります。現場で実際に何を教えるか。誰が教材を作るか。社員がどう学ぶか。この「研修の中身」は、義務化の波に乗って変化することはありませんでした。

開示義務化が変えたのは「何を報告するか」です。「どう教えるか」には、手がついていません。



中小企業が取り残された構造的な理由


人的資本経営の文脈で語られる施策の多くは、大企業を前提に設計されています。専任の人事部門があり、研修予算が確保されており、外部コンサルタントを活用できる体力がある会社の話です。

従業員50〜500名規模の中小企業には、この前提が当てはまりません。

人事担当者が採用・労務・評価・研修をすべて兼任しているケースが大半です。「人的資本経営をやろう」と経営層が号令をかけても、現場の担当者には実行するための時間も、専門知識も、予算も不足しています。

結果として起きることは決まっています。外部の研修会社に丸投げするか、市販のeラーニングコンテンツを購入して配布するか、あるいは「今年度の研修計画」という名の書類だけが完成するか。いずれも「やった記録」は残りますが、現場の人材育成には結びつきません。


「言葉」と「現場」の間にある深い溝


人的資本経営という概念自体は、正しい方向を向いています。人材を「コスト」ではなく「資本」として捉え、育成に投資するという考え方は、長期的な企業価値向上のために不可欠です。


問題は、概念と現場の間に、具体的な「実装」が存在しないことです。

「人的資本経営をやる」と決めたとして、明日から何が変わるのでしょうか。何を教えるコンテンツを、誰が、どうやって作るのでしょうか。社員はどこで、どのように学ぶのでしょうか。学んだことが業務に活かされているかを、どう確認するのでしょうか。

これらの問いに答えられないまま、「人的資本経営に取り組んでいます」という文言だけが有価証券報告書に並んでいます。



研修が変わらない3つの構造的要因


中小企業の研修が変わらない理由を整理すると、3つの構造的な要因に行き着きます。


要因1:コンテンツ制作のハードルが高すぎる

自社の業務・文化・言葉に即した教育コンテンツを作るには、専門知識と多大な工数が必要です。外部に依頼すれば高額になり、内製しようとすれば担当者の工数を圧迫します。結果として、「いつか作ろう」のまま時間だけが過ぎていきます。


要因2:教育設計の専門家が社内にいない

何を・どの順番で・どのレベルまで教えるかを設計する「インストラクショナルデザイン」の知識は、中小企業の研修現場にはほぼ存在しません。素材があっても、それを効果的な学習体験に変換する設計力がなければ、人は学べません。


要因3:「やった記録」で満足してしまう仕組み

研修の成果は短期間では数字に出ません。そのため「受講率」「実施回数」といった活動指標が目標になります。学んだかどうかより、やったかどうかが評価される構造が、研修の形骸化を温存します。



変えるために必要な視点の転換


人的資本経営を「現場で機能させる」ためには、概念レベルの議論から一歩踏み込み、「どうやって実装するか」を具体的に考える必要があります。

その出発点として、問いを変えることが有効です。「研修をやっているか」ではなく「社員は何を学び、何ができるようになったか」。「コンテンツを配信したか」ではなく「自社の業務に即した内容で、基礎から体系的に学べているか」。

この問いの転換が、形骸化した研修を本質的な人材育成に変える第一歩です。



次回予告


次回は「ベテランの頭の中を組織の財産にできている会社、できていない会社」を取り上げます。暗黙知の継承という、多くの企業が後回しにしてきた問題を考えます。

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