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社内資料から教材を作るとき、なぜ「何を教えるか」から考えてはいけないのか


本記事は、企業内に蓄積された資料や経験を、従業員が学び、判断や行動に生かせる形へ変える「社内知識の教育資産化」シリーズです。


前回の記事では、社内資料の要約と教材化の違いについてご紹介しました。

資料の要約は、情報を整理する作業です。教材化は、学習者の理解と行動を設計する作業です。


では、社内資料から教材を作るとき、最初に何を決めればよいのでしょうか。

多くの場合、手元にある資料を開き、「この中から何を教えるか」を考えます。重要なページを選び、内容を章に分け、説明を加えていきます。


しかし、この進め方では、元の資料に書かれている内容が教材の範囲を決めてしまいます。

教材設計の出発点は、資料に何が書かれているかではありません。

その教材を学んだ人に、何ができるようになってほしいのか。


この「学習後の状態」を最初に決めることが、学習目標の設計です。



「理解する」だけでは、学習目標になりにくい


研修や教材の目的として、よく使われるのが次のような表現です。


「情報セキュリティについて理解する」


「新しい社内制度を理解する」


「製品の特徴を理解する」


「業務手順を理解する」


これらは、研修の方向性を示す言葉としては間違っていません。しかし、教材を設計するための目標としては、もう一段具体化する必要があります。


なぜなら、「理解した」という状態を、そのまま観察することはできないからです。

情報セキュリティを理解した人は、何ができるのでしょうか。

不審なメールの特徴を説明できることなのか。受信したメールが危険かどうかを判断できることなのか。誤って添付ファイルを開いた場合に、適切な窓口へ報告できることなのか。

求める状態によって、教材に必要な説明も事例も確認問題も変わります。


学習目標を考えるときは、「理解する」という言葉の先にある行動まで具体化します。

「学習後、どのような場面で、何を判断し、どのような行動を取れるようになってほしいか」


ここまで言葉にすることで、教材の設計が始まります。



同じ資料でも、対象者と目的によって教材は変わる


一つの製品説明資料から、営業担当者向けの教材を作る場合を考えてみます。

元の資料には、製品の機能、仕様、価格、導入条件、他製品との違いなどが記載されています。


新任の営業担当者が対象であれば、学習目標は「製品の基本的な特徴を説明できる」「顧客の課題を聞き、該当する機能を選べる」といった内容になるかもしれません。


一方、営業マネージャーが対象であれば、「案件の条件を確認し、提案方針が適切か判断できる」「競合製品との違いを踏まえて、部下へ助言できる」といった目標が考えられます。

カスタマーサポート担当者が対象であれば、「顧客からの問い合わせ内容を整理し、適切な対応方法やエスカレーション先を判断できる」となるでしょう。


使う元資料は同じでも、誰が、どのような業務で使う知識なのかによって、学習目標は異なります。


学習目標が変われば、教材で取り上げる情報の優先順位も変わります。必要な事例、問いかけ、確認問題も同じではありません。

つまり、元資料だけを見ても、どのような教材を作るべきかは決められないのです。



学習目標は、業務場面から考える


学習目標を具体化するときは、学んだ知識が使われる業務場面を想像します。

たとえば、経費精算のマニュアルを教材化するとします。

資料には、申請画面の開き方、項目の入力方法、領収書の添付方法、申請ボタンの位置などが書かれています。


この資料をそのまま教材化すると、操作手順を順番に説明する構成になるでしょう。

しかし、実際の業務では、操作方法を知っているだけでは十分ではありません。

どの費用が申請対象になるのか。申請期限を過ぎた場合はどうするのか。領収書を紛失した場合は誰に確認するのか。会食費と通常の飲食費を、どの基準で区別するのか。

従業員が迷うのは、ボタンの位置よりも、こうした判断が必要な場面かもしれません。


この場合、学習目標は単に「経費精算システムの操作方法を理解する」ではなく、次のように考えられます。


「申請する費用に応じて、適切な項目と承認経路を選べる」


「通常と異なる状況が発生した場合に、自己判断せず、適切な確認先へ相談できる」


このように、実際の業務場面から学習目標を考えると、元資料には書かれていない情報が必要であることにも気づきます。


学習目標は、教材のゴールを決めるだけではありません。元資料に不足している知識を見つけるための基準にもなります。



学習目標を「行動」と「条件」に分けてみる


学習目標を具体化する際は、「何ができるか」だけでなく、「どのような場面や条件でできるか」まで考えると、実務とのつながりが明確になります。

たとえば、「顧客へ製品を説明できる」という目標だけでは、どの程度の説明が求められるのか分かりません。


これを具体化すると、次のようになります。

「顧客から現在の課題を聞き取り、その課題に対応する製品の特徴を、自社の資料を使って説明できる」


ここでは、「説明できる」が行動です。

「顧客から現在の課題を聞き取り、その課題に対応する」が条件です。


さらに、何をもって達成とするのかを考えれば、「製品の機能を読み上げるのではなく、顧客の課題と機能を結びつけて説明できる」といった基準も加えられます。

学習目標は、抽象的なスローガンではありません。

教材の内容を選び、学習後の到達度を確認するための設計基準です。



「知っている」と「使える」は同じではない


学習目標を考える際に注意したいのが、知識の記憶と、知識を使った判断を混同しないことです。

製品名を答えられる。規程の名称を答えられる。操作手順を順番に並べられる。


これらも学習の一部ですが、実務で求められる状態が「状況に応じて判断できること」であれば、用語や手順を覚えるだけでは到達していません。


改訂版ブルーム・タキソノミーでは、認知的な学習を「記憶する」「理解する」「応用する」「分析する」「評価する」「創造する」といった段階で捉えます。学習目標を動詞として表すことで、どのような思考や行動を求めているのかを明確にしやすくなります。



企業内教育のすべてで、高度な分析や創造を目指す必要はありません。

用語を正しく覚えることが重要な教材もあれば、決められた手順を正確に再現することが必要な教材もあります。


大切なのは、実務で必要な到達段階と、教材が求めている到達段階を合わせることです。

現場では判断が必要なのに、教材では用語の暗記しか扱っていない。そのようなずれがあると、テストでは正解できても、実務では行動できないという状態が生まれます。



学習目標が決まると、教材の構成も決まる


学習目標が「製品の主要機能を説明できる」であれば、教材では各機能の特徴、用途、他の機能との違いを扱います。


学習目標が「顧客の課題に応じて適切な機能を提案できる」であれば、機能の説明に加えて、顧客の課題、利用場面、選定基準、提案例が必要になります。

学習目標が「提案内容のリスクを判断できる」であれば、導入条件、制約、適用できないケース、確認すべき事項まで扱わなければなりません。


このように、目標が具体的になるほど、教材に必要な内容が見えてきます。

反対に、教材へ盛り込む必要のない情報も判断しやすくなります。

元資料に書かれているからという理由だけで、すべてを教材に入れる必要はありません。学習目標に直接関係しない情報を詰め込みすぎると、学習者が何を身につけるべきかが見えにくくなります。


学習目標は、情報を加える基準であると同時に、情報を削る基準でもあるのです。



テストから逆算すると、曖昧さに気づく


設定した学習目標が具体的かどうかを確認する方法があります。

その目標に到達したかを、どのような問題や課題で確認するのかを考えてみることです。

「個人情報保護について理解する」という目標では、何を出題すれば理解を確認できるのかが定まりません。


「業務で扱う情報が個人情報に該当するか判断できる」であれば、複数の業務場面を示し、それぞれが個人情報に該当するかを選ぶケース問題を作れます。


「個人情報の誤送信が発生した場合に、定められた手順で初動対応できる」であれば、発生直後に取るべき行動や報告先を問うことができます。


確認方法を考えられない学習目標は、まだ具体化が足りない可能性があります。

教育心理学者のジョン・ビッグスが提唱した「構成的整合性」の考え方でも、学習目標、学習活動、評価方法を対応させることが重視されています。先に到達させたい状態を定め、その状態を生み出す学習活動と、到達を確かめる評価を設計します。



教材の本文とテストを別々に作るのではなく、同じ学習目標から設計することで、教材全体に一本の軸が通ります。



AIは学習目標の候補を作れる。しかし、ゴールは人が決める


生成AIを使えば、元資料を分析し、学習目標の候補を作ることができます。

資料に含まれる知識や手順を整理し、「説明できる」「区別できる」「判断できる」「実行できる」といった形に変換することも可能です。


ただし、元資料だけをもとにした場合、企業が本当に求めている学習後の状態まで正確に捉えることは難しい場合があります。


どの業務で使うのか。どのような間違いを防ぎたいのか。受講者には、どこまで自分で判断してほしいのか。判断に迷った場合、誰へ相談してほしいのか。

こうした学習の目的や、学習後に期待する状態をあらかじめ言語化して加えることで、AIが提案する学習目標も、企業の意図に沿ったものになります。

AIが学習目標の候補を提示し、人が業務との関係を確認して選択する。さらに、必要に応じて資料作成者や実務担当者へ確認する。


この組み合わせによって、単なる内容の要約ではなく、実際の業務につながる学習目標を設計できます。


AIに何を作らせるかを考える前に、人が何をできるようになるべきかを決める。

教材制作にAIを活用する時代だからこそ、この順序が重要になります。



学習目標は、社内知識と業務をつなぐ


社内資料には、多くの情報が蓄積されています。

しかし、その情報をどのように学び、どの場面で使うのかは、資料を読むだけでは明らかにならないことがあります。


学習目標を定めることで、資料の中にある情報と、従業員が実際に行う判断や行動がつながります。


教材設計の出発点は、「この資料から何を教えるか」ではありません。

「この教材を学んだ人に、何ができるようになってほしいか」です。

この問いが明確になれば、教材に入れるべき説明、補うべき事例、確認すべき問いが見えてきます。


学習目標は、教材の最初に書く飾りではありません。

社内にある情報を、従業員が使える知識へ変えるための起点です。



次回の記事


次回の「社内知識の教育資産化」シリーズでは、学習目標から教材の構成を作る方法について取り上げます。


設定した学習目標を、どのような単位に分け、どの順番で学べるようにするのか。長い資料をそのままページ順に並べるのではなく、理解が積み上がる学習構成へ変える考え方をご紹介します。



社内資料の教材化を検討している方へ


アドップ・コンテキストが開発する「コンテキストAI」は、企業が持つPowerPointやPDFなどの社内資料をもとに、学習コンテンツの作成を支援するサービスです。


資料に含まれる知識の整理から、学習目標、教材構成、説明文、確認問題の原案作成までを支援し、既存の社内知識を従業員が学び、業務に生かせる形へ変えていきます。

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