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製造業の技能継承は、なぜ動画を残すだけでは進まないのか。熟練者の判断を教育資産に変える


製造現場では、熟練者が身に付けてきた技能を、次の世代へどのように継承するかが課題になっています。


2026年版ものづくり白書によると、製造業の就業者数は2023年の1,055万人から2025年には1,033万人へ減少しました。中小企業の製造業における従業員数過不足DIも、2026年第1四半期にはマイナス19.6となり、人材不足感が続いています。


技能継承を推進するための取り組みとして最も多かったのは、再雇用や勤務延長などによって、高年齢の従業員に継続勤務してもらう方法で、54.8%でした。熟練者に働き続けてもらうことは、現場を維持するうえで重要です。一方、その期間を技能の移転に生かせなければ、退職時期が先に延びても、将来の課題は残ります。


こうした状況を受け、熟練者の作業を動画で撮影し、社内に残そうとする企業も増えています。映像は、手の動きや作業の順序を伝えるうえで有効ですが、撮影しただけで技能の全体を継承できるわけではありません。


技能継承で残すべきものは、作業の動きに加えて、その動きを選ぶまでの判断です。




手順を見せても、判断の理由までは伝わりにくい


熟練者の作業を撮影すると、道具の持ち方、作業の順序、身体の動かし方などを映像として残せます。文章だけでは表現しにくい動きを伝えられるため、動画は技能継承に適した方法の一つです。


ただし、映像に記録されるのは、主に目に見える動作です。

熟練者は、材料の状態、機械の音、振動、温度、加工面の変化など、複数の情報を捉えながら作業しています。通常とは異なる兆候を感じれば、力の加え方や機械の設定を調整し、場合によっては作業を止めます。


動画を見る側には、熟練者がどこに注目し、何を感じ取り、なぜ動作を変えたのかまでは分からないことがあります。作業が滑らかに進むほど、重要な判断が映像のなかに埋もれてしまいます。


技能を継承するには、動作を記録するとともに、その場面で使われた判断基準を言葉や数値、具体例によって補う必要があります。



技能には三つの層がある


製造現場の技能を教育へ変える際には、「標準手順」「感覚的な兆候」「判断と対応」の三つに分けて捉えると整理しやすくなります。


標準手順は、作業の順序、使用する工具、設定値、安全上の注意など、比較的明文化しやすい情報です。既存の作業標準書やマニュアルにも記載されていることが多く、動画で動きを示すことによって理解を助けられます。


感覚的な兆候には、音、振動、手応え、におい、色、表面の状態などがあります。熟練者は、こうした変化から不具合の可能性を早い段階で察知しています。本人にとっては自然な感覚になっているため、通常の作業を撮影するだけでは言語化されにくい知識です。


判断と対応は、兆候を捉えた後に何をするかという知識です。作業を続けてよい範囲、調整が必要な状態、上司や別部門へ連絡する条件、直ちに停止すべき状態などが含まれます。

この三つを結び付けることで、受講者は手順をまねるだけでなく、状況を見ながら行動を選べるようになります。



熟練者への質問は「いつもどうしているか」だけでは足りない


熟練者へ作業方法を聞くと、「手順書どおりに進めている」「経験すれば分かる」といった回答になることがあります。長年の経験によって判断が無意識化されているため、本人も説明すべき点をすぐには思い出せない場合があります。


そこで、通常の作業方法だけでなく、状態の違いを比較する質問を行います。

例えば、うまく加工できたときと、うまくいかなかったときでは何が違ったのか。新人が間違えやすい箇所はどこか。作業を止めるのはどのような状態か。最初に確認する場所と、その理由は何か。こうした具体的な場面を尋ねると、熟練者が使っている判断基準が見えやすくなります。


過去に発生した不良や設備トラブル、ヒヤリハットの記録も、質問を深める材料になります。そのとき何が起き、どの兆候から異常を判断し、どのように対応したのかを整理すれば、経験を再利用できる知識へ変えられます。


インタビューの目的は、熟練者の知識をすべて話してもらうことではありません。後継者が同じ状況に直面したとき、適切な判断をするために必要な情報を取り出すことです。



動画には「注目点」と「判断」を重ねる


作業動画を教材として活用する場合は、映像に説明を加えます。

作業の開始前に確認する箇所、動作を変えるきっかけ、正常時と異常時の違いなどを、テロップ、ナレーション、拡大画像、図解によって示します。機械の音や加工面の変化が重要であれば、正常な状態と異常が疑われる状態を比較できるようにします。


数値で表せる判断基準は、可能な範囲で数値化します。感覚だけで判断している部分についても、熟練者が見ている兆候や、対応を始める条件を言葉にすることで、学習者が観察すべき点を把握できます。


映像の価値は、作業の全体を長時間記録することよりも、重要な場面で何を見るべきかを示すことにあります。

動画を視聴した後に、「この状態では作業を続けるか」「最初に確認する箇所はどこか」といった問いを設けると、視聴した内容を判断の練習へつなげられます。



異常や例外を教材に含める


標準的な作業だけを学んでも、現場では想定と異なる状況が起こります。

材料の状態が違う、設備の動作が安定しない、前工程から届いた部品にばらつきがあるなど、作業標準書だけでは判断しにくい場面もあるでしょう。熟練者の価値は、こうした変化に気付き、状況に応じて対応できる点にあります。


そこで教材には、正常な作業例だけでなく、異常や例外の事例も組み込みます。事例を示し、どこに異常の兆候があるか、作業を続けてよいか、誰に報告するべきかを考えてもらいます。


正解を覚えるだけの問題ではなく、判断に使う情報と対応の理由を確認することで、受講者は別の状況にも知識を応用しやすくなります。

過去の不良事例やトラブル記録を、責任追及の資料として保存するだけでなく、次の判断を支える教材へ変えることも、教育資産化の一つです。



デジタル教材は、OJTを置き換えるものではない


製造現場の技能には、実際に手を動かし、感覚を確かめながら身に付ける部分があります。デジタル教材だけで、すべての技能を習得できるわけではありません。


一方、OJTを始める前に、作業の目的、全体の流れ、安全上の注意、観察すべき箇所を学んでおけば、現場での指導を深められます。学習者は、何を見ればよいのかを理解した状態で作業を観察し、分からない点を具体的に質問できます。


指導者にとっても、毎回同じ基礎説明を繰り返す負担が減り、個々の学習者の動きや判断に合わせた指導へ時間を使えるようになります。


デジタル教材とOJTは、どちらか一方を選ぶ関係ではありません。教材で共通の知識をそろえ、現場で経験と感覚を身に付けるという役割分担が適しています。



AIは、技能を整理する作業を支援できる


熟練者へのインタビューや作業映像が増えると、情報を整理する負担も大きくなります。

AIは、インタビューの文字起こし、作業工程ごとの分類、頻出する注意点の抽出、複数の熟練者による説明の比較などを支援できます。蓄積した情報から、教材の構成案、ナレーション、事例問題の原案を作ることも可能です。


ただし、AIが抽出した内容が、安全基準や品質基準に合っているかは、現場の責任者が確認します。熟練者によって判断が異なる場合は、一人の経験をそのまま標準にするのではなく、組織として採用する基準を決める必要があります。


AIによって技能継承を自動化するというよりも、これまで取り出しにくかった経験を整理し、確認し、教育へ展開する工程を支援するものとして捉える方が現実的です。



技能継承を、退職前の引き継ぎから日常の仕組みへ


熟練者の退職が決まってから、知識や技能を急いで記録しようとしても、長年の経験を短期間ですべて引き出すのは困難です。


日頃から不良、異常、改善、判断の事例を蓄積し、教材へ反映する仕組みがあれば、技能継承は特定の時期だけに行う取り組みではなくなります。若手社員からの質問も、教材に不足している説明や事例を見つける材料になります。


製造業における教育資産化とは、熟練者の動きを映像として保存することだけを指すものではありません。作業の目的、注目する兆候、判断基準、異常時の対応を、次の人が理解し、現場で使える形へ整えることです。


動画、作業標準書、トラブル記録、熟練者へのインタビューを結び付けることで、一人の経験を組織で維持し、改善できる教育資産へ変えられます。



従業員教育と社内ノウハウの教材化に関する当社調査では、社内資料の活用状況や教材制作・更新に関する課題を紹介しています。




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